写楽行ってきました。

 かなり強引なスケジュールではありましたが、時間を作って上野の東京国立博物館へ写楽を観に行ってきました。制作活動期間がわずか10ヶ月という幻の浮世絵師。その正体については以前さんざんブログで吠えましたので、今日は見た感想を少し。
 世界中に散らばった写楽の浮世絵は、発見されているもので149種類(近年ギリシャで発見された肉筆画とか含めるともう少し)、そのうち30ちょっとが1枚しかないそうです。28枚の大首絵で華々しくデビューした写楽はやはりそのデビュー作が大変売れたらしく、それぞれ平均15枚くらいが残存してるとか。基本的には役者絵、つまり歌舞伎役者のブロマイドばかり描いていて、今回の展示では所在がわからなかったり他の理由で借りられなかった数点を除いてほぼ全部が展示されていました。
 10ヶ月という短期間の割には多作で、作風が変わることから制作期間を4つにわけて1期〜4期と名付けられています。後半になればなるほど筆致の勢いがなくなり、残存枚数も少なくなると言うのが写楽の特徴です。
 面白いのがやはり1期で、皆さんもよーく知っている写楽の浮世絵はこの時期のものです。立ち姿全体を描かずに上半身だけをクローズアップで描く「大首絵」で、紙のサイズも大判、多色刷りですがなるだけ色数を減らす工夫がなされています。
 背景は描かず、雲母というガラス質の石の粉で作った黒キラのベタ刷り。黒いですが光に反射するときらきらと光る成分が入っています。これは当時蝋燭の火の中で芝居を見ていた情景をそのまま表現しているともいわれていますが、制作期間を短くするのにも役立っています。
 やっぱり実物は版画ですから微妙な凹凸があって非常にいいですね。雑誌や図録で見るのとは印象が違います。色を乗せずに版木の形だけ写し取る「カラ刷り」らしきものが施されているものもありました。展示では同時期に役者絵で活躍した歌川豊国と勝川春栄と写楽の3人をを比較するような形で出品されていました。同じ役者の同じ役柄を並べると、その視点の違いがわかって面白かったです。
 豊国はやっぱり絵がうまいってのもあるけど、デザインセンスがモダンで、ちょっと現代人に近いセンスを持ち合わせています。バランス感覚が合理的で新しく、全体的に古くささを感じません。近代的なのです。春栄はもっと個性的で泥臭く、動きの少ない絵を描きます。全体的にはちょっと古くさいかも。写楽はというとデフォルメがはなはだしいのに描こうとしているポイントはやたらリアル。言ってみれば似顔絵のような視点があるんですね。西洋では肖像画家として評価されているみたいですが、ある意味そうかな。全然きれいに描こうとしていないところがいいです。構図も斬新なので、近代になって芸術としての価値が高くなったのは当たり前と言えます。
 でもすごいなこれ、と思わせる作品と、なんかインパクトが薄い作品とのギャップが激しくて、写楽複数人説があるのもうなずけます。近年発見された肉筆画はさらに弱々しい筆致で、僕は個人的に肉筆画は奈良にある類似したやつも含めて贋作ではないかと勝手に考えているのですが、僕らが考えている以上に写楽の正体には複雑な事情がからんでいるのではないかと思います。
 ただ、写楽の作品をここまでたくさん見られる機会は今後もそんなにないかもしれません。興味のある人はぜひ言ってみてください。

9dwが震災復興プロジェクトに参加

JET SETが震災復興支援を目的としたアルバムを6月初旬に出します。これに9dwが新曲を提供しましたのでぜひお聴きになってください。Wax Poetics Japanのブログに詳細と試聴リンクがあります。Jeff Mills 、Derrik Mayや先日幡ヶ谷で一緒にセッションしたInner Science、個人的な知り合いでもあるKoyasもYogurt & Koyasとして参加します。結局なんか知っている人が集まって来ましたね。

シリーズ “若冲ミラクルワールド”

 伊藤若冲が好きだという話は嫌みに聞こえるくらいブログで主張して、まったくもういいよと思われているのを承知でいいますが、すみません、伊藤若冲が好きなんです。
 最近はちょっとした若冲ブームがやってきて、彼の作品を取り上げる展覧会も増え、手っ取り早く集客できる人気アーティストとして認知されつつありますね。その反面で名前さえ聞いたことがないという人もたくさんいると思います。

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 伊藤若冲は江戸時代に京都で活躍した画家です。常に異端の存在で、江戸のアヴァンギャルドといっていい作風ですが、同時に緻密な画風が代の美術ファンを魅了しています。
 また彼はスローライフの先駆者でもあります。錦市場の八百屋の長男として生まれながらも若くして家業を弟に譲り、庭で鶏を飼いながら隠居生活をしました。仏門に入り、小さな寺で石仏を彫ったり好きな絵を描いたりして晩年を過ごしました。結婚も生涯することはなかったといいます。

 若冲が晩年を過ごした石峰寺という京都の伏見にある寺へ今年行ってきた話はしましたが、今月4月25日から4日間連続で、伊藤若冲の特集番組がNHKでオンエアされます。そして番組の中で若冲を我々に紹介してくれるのがなんと嵐の大野智君。嵐・大野 meets 若冲ってことらしいっす。なんでも彼がもっとも敬愛する画家が若冲なんだそうだ。若冲ファンか。それは知らなかった。大野クン俺と一緒だよ。これは見ないとね。若冲は知らないけど嵐の大野君が好きな人もこの番組はチェックしてみるといいすよ。

 若冲の絵の代表作は「動植綵絵」(どうしょくさいえ)というシリーズのものですが、これは彼が10年かけて描いた30幅の日本画です。年間平均3幅描いていたってことですね。京都の相国寺が持っていましたが、明治初期の廃仏毀釈の時にお金に困って天皇家に買い上げてもらい、現在は宮内庁が持っています。これが番組の中で高精細カメラで撮影されたそうです。

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 左に動植綵絵を2つばかし。さらっと見れば別のなんのへんてつもない他にもよくある日本画のように感じる方もいるかもしれませんね。でもよく見てくださいよ。単に動物や植物を普通にきれいに描こうとしている人は決してこんな構図の絵は描かないでしょう? だって変ですよかなり。隙間なく画面一杯に詰め込まれた鶏やみんな同じ方向を向いている魚の絵などは絵の描き方に様々な約束事があった江戸時代においてはかなり異常な構図と言えます。最初から若冲は絵をきれいに描こうとしていたタイプの画家ではなかったってことです。
 ひとつ言えることは、彼の描く動物や植物はそこはかとなく愛情に満ちあふれていて、彼が被写体そのものに多大な愛情を持っていたということです。単純に被写体を自分の表現の道具として利用しようとしているという感じではなく、好きだから描いている、そういうモチベーションを感じるのです。僕も動物なら昆虫でも蛇でもなんでも大好きなので若冲の気持ち、わかります。生きとし生けるものすべてが愛しくてたまらなく、いつまで見ても飽きない、そういう人間の視点から描かれた絵ですよこれは。

 絵は異常さを感じるほど緻密です。だけどスーパーリアルなものを目指したという感じはありません。今で言えば若冲はアニマル・プラネット(動物専門チャンネル)を見ながらにんまりしているようなタイプの人だったに違いありません。そういう人が生き物の素晴らしさをできるだけ正確に絵に写し取りたかった、そういう視点の中で、動物たちを見たままの自然な形に配置するのではなく、まるで図鑑のように仕上げているのです。動物たちは思い思いの行動を取っているというより、若冲の視点からぶれることなく非常に主観的なポーズで絵の中にいるのです。同じ方向を向いていた方がかわいく思えてきたのかもしれません。思い入れが強すぎてそうなったという感じがしているのが面白いです。そしてそれぞれのモチーフの何が面白いかを絵を通してみんなに伝えようとしているのです。だから変なディテールにこだわっている。そこに偏執狂的な精神を感じてしまい、どうも絵に入っていけない人もいらっしゃるようですね。僕はぜーんぜん気になりません。
 その素直さと斬新さ、これが渾然一体となって作品となっているわけですね。フツーじゃないのがいいんですよ。

NHK BSプレミアム
シリーズ ”若冲ミラクルワールド”

4月25日(月)夜9:00-10:30  「色と光の魔術師”奇跡の黄金”の秘密に迫る」(仮)
4月26日(火)夜9:00-10:30  「カタチに命を吹き込む~細密表現と視覚のトリック」(仮)
4月27日(水)夜9:00-10:30  「”国際人”JAKUCHU~千年先を見つめた絵師」(仮)
4月28日(木)夜8:00-9:30  「黒の革命~水墨画の挑戦者」(仮)

自粛

 今さらながら今回の震災については被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。
 亡くなられた方もたくさんいらっしゃる中で東京でも自粛ムードが漂っていますが、
個人的な意見として、東京の僕たちがいつまでも自粛しているのは被災地の方々に対しても
よくないと思ってます。
 みんなもっと楽しいことを始めましょうよ。それは不謹慎なことなんかじゃないと思いますよ。
 僕たちもいろんな不安をかかえているわけだけど、早く元気にならないと!
 それが復興の一歩だと思っています。

岡本太郎

 生誕100年記念で盛り上がる岡本太郎展を見に竹芝の東京国立近代美術館へ行ってきました。
 会場の前は皇居で、大都会だけどいいとこです。

 僕は大阪出身で3歳の時に衝撃的な大阪万博を経験しているから、アート・ディレクターだった岡本太郎にはなじみがあって子供の頃からそこそこ好きだったけど、実際に作品を見ることは少なかった。特に油絵の代表作は生まれて始めてみるものが殆ど。
 僕の中で知っている岡本太郎像はやはりクリエイター家族に生まれて戦前にフランスへ渡り、ピカソやジョルジュ・バタイユと親交のあった前衛芸術家。テレビに出てくる彼は変わったじいさんという感じだったけど、彼は実は凄い人なんですよね。
 ジョルジュ・バタイユと親交があった時点で僕の中では相当リスペクトできる人なんだけど、きっと岡本太郎よりバタイユのほうがもっと変態だったはず。バタイユってのは作家・思想家で、性倒錯みたいなえげつない小説をたくさん書き残したフランス文学の巨匠だ。ご本人が本でも書いていたけどバタイユは一緒独特の近寄りがたいオーラを発している人だったらしい。僕は高校生の時に『眼球譚』を読んでそのぶっとびぶりにかなり衝撃を受けた。フランス文学なんてそんな詳しくなかった時期だったけど、すごいってのはよくわかった。いろんなことで思い悩んでいた青春時代をバタイユを読んですごしていたなんて暗い学生だったけど、岡本太郎がそんな人と付き合いがあったなんて知ったのはずいぶんたってからだった。でも当時のパリは活気があったんだろうなあ。
 でもむしろ岡本太郎はバタイユの影響なんて感じなくてむしろピカソの要素のほうがだんぜん強い。やってることはアヴァンギャルドなんだけど、見た目にすごくユーモラスでキャッチーな絵を描く。陰惨な感じがしない天性の明るさみたいなものが前衛の中に見え隠れする、そんな作風で、オブジェなんか作らせてもみんな愛らしく、ほほえましくもある。漫画的な要素もあるのは父親の岡本一平の影響もあるのかも。

 ピカソは実は最近までぴんときてなかったけど、何年か前に彼のドキュメンタリー映画を観て絵の描き方を見たときからちょっと見方が変わった。すごく感覚的なんだけど、緻密な計算も入っている。誰もたどり着けない場所にいる人なんだと直感でわかった。それ以来ピカソは少しずつ追いかけてる。岡本太郎はパリで本人とも会っているから、もっと衝撃的だったんだろうな。

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 今回観に行って思ったことは、1940年代の初期の作品はピカソのキュビズムの要素ももちろんあるんだけれども、世間で言われているよりもっとダリのようなシュルレアリスムの影響が強いと思った。表現の手法は抽象的だけど、描いているものは具体性があって、見ている人も部分部分で何が書かれているか分かるような作品が多い。風刺的なテーマが多いけど、より見るもののイメージを作者の意識へ誘導させようというような衝動が見て取れる。面白いけど、当時から「絵は最悪」と酷評されてきた評論家達の言いたかったことも分からなくもない。ただ岡本太郎はそんな視点から見てもつまらないだけだと思う。彼はそれまでの日本人にはなかった、躍動感を前向きに表現できる数少ない芸術家だった。そこは高く評価していいだろう。ただし先を行かれたヨーロッパの先進的な芸術思想にちょっとかぶれはしたけれども。

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 40年代の作品の中ではこれがよかった。「作家」という作品だけど、たぶん母親の岡本かの子のことか。男のようにも見えるけど。ペンからニョロニョロと流れ出るオーラみたいなものがいい。悶々としたかんじが出ている。でも描きたいものははっきりとわかるから誰が見てもなんとなく理解できると思う。構図もいいし、モチーフもいいと思う。
 ただ僕はもっと具体的に何を描こうとしていたかなんてことには興味がないし、そこを追求する絵じゃないでしょう。描かれているのは作家。あとの背景にあるものは絵からぼんやりとイメージするのがこの絵の楽しみ方だと思う。内面的なものかな。そこのイメージがすごくよくできてると思っただけ。これはバシっときた。

 あ、ちなみに戦前の作品は全部戦火で焼けて残ってないらしいです。いくつかは戦後に自分で描き直しているものもありますが。
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 50年代に入ってもその手法は続いていて、この絵なんかも前衛ではあるけど、見るものを拒否させるような要素はない。「駄々っ子」という題名もなんか庶民的で誰でも理解できる。左の黄色いのはちょっとばい菌ぽい。

 岡本太郎は生涯の中で絵を売ったことは殆どなかったらしい。絵を個人のものにするというのがいやだった。でもそれで食えたっていうのが凄いけどね。家も青山にあったし。

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 シュール的な手法の反省をふまえたかどうかは分からないけど、1960年代にはいってからの彼の作品はより抽象性を増し、一般的には取っつきにくい作風にかわっていく。
 より抽象的になって、殆ど何を描いているかも分からないくらいになってくるけど、むしろグッとくる作品は僕にとってはこの時代のものが多かった。のびのびとしているし、受け手も自由にエネルギーを感じ取れて、見たまんまの印象で絵を評価できるという意味で成熟した抽象表現ができていると感じた。左の作品は「装える戦士」という作品だけど、ちょっと仏教とかに興味を持っていた時期で梵字のようでもある。

 彼は縄文式土器や土偶に興味を持っていたり、民俗学にもハマっていたことなど、共感できるところがある。だって彼のオブジェは土偶の影響大だしね。ナマハゲとかあのへんの話はすごく面白い。
 民俗学の面白いところは現代人の深層心理に祖先が培ってきたイデオロギーみたいなものが混沌と息づいていて、けっして無関係でないところ。もっと根源的な真理が見いだせるんじゃないか、そういう答えが垣間見られる気がする。言葉にすると難しいな。つまりナマハゲのことなんか僕の中には何も残っていないけど、とっくに失われたはずの過去の民族の特性が脈々と僕へ流れ込んできていることを知ることが出来ると。

最後は会場前に設置されたガシャポンで海洋堂の作った食玩みたいな岡本太郎フィギュアをゲットして帰ってきました。

あ、来年はポロックの作品が東京にきますよ。これは観に行かねば。

今回の震災について。

今回の震災で被害に遭われた皆さんにまずお見舞い申し上げます。これからも大変だとは思いますが、お互い頑張っていきましょう! 僕も復興に協力していきたいです。

そして個人的にはショックなことがもう一つありました。
3月10日の朝、日本のレゲエ・シーンを作り上げてきたプロデューサーの加藤学さんが病気のため亡くなられました。加藤さんは僕が信頼を寄せていた方の一人で、単に仕事の関係だけではなく、人間的にも素晴らしい人で、いろんな思い出がありました。あの加藤さんがこの世にもういないなんて、ほんと信じられないくらいショックです。今の僕は加藤さんのおかげといっても過言ではありません。ご冥福をお祈りします。

地震に遭う

そして11日、僕は加藤さんのご自宅があった仙台で行われるお通夜に出席するために午後家を出て仙台に向かいました。時刻表で調べると東京駅から新幹線に乗るより大宮駅から乗った方が若干早いことがわかったので埼京線に乗って大宮駅へ向かいました。

やがて電車は武蔵浦和駅に停車し、快速待ちとなりました。このあたりの電車の事情にわかっていない僕はそのまま乗っていた電車の座席に座っていましたが、向かいのホームに快速が来ることが分かって、あれに乗り換えれば早く大宮駅に着くんじゃないかと言うことになり、向かいに来た電車に乗り換えようと席を立ったその時です。
 グラグラと電車が揺れ始めました。
 最初は向かいの電車が入ってきたことで線路が揺れているのかと思ったくらいでしたが、いつまでも揺れているのであれ?と思ったのです。そのうち揺れがどんどん大きくなってきて、ホームに出ました。ホームも揺れていました。そのうち何かがカタカタと音を立て始めて、金属で出来たホームの屋根が大きな音をたてて揺れ始めました。もうその頃にはいろんなものが音を出していて、立っているのもやっと。思わずベンチの端を手でつかみました。
 すぐとなりのマンションは巨大で動いているようには見えなかったけど、看板とかグラグラ揺れているし、子供は号泣しているし、騒然とした雰囲気でした。
 その頃はまだ電車で仙台に向かうつもり満々だったので、当分ホームで電車が動くのを待っていました。しばらくたって駅員のアナウンスが入り、運転を見合わせていますとのこと。するとまた同じくらいの激しい揺れがホームを襲い、しゃがみ込む人もいました。
 揺れがおさまって、数分間はホームにいましたが、改札を解放したのでそのまま外に出てもらって構わないというアナウンスが聞こえてきたので、これは当分電車が走らないんだなと思い、改札を出ました。
 そこには大きなテレビがあり、緊急ニュースを大勢の人が食い入るように見ていました。
 すぐに津波の空撮映像が入ってきて、みんなで津波を見ました。テレビの音は聞こえない状態だったので、気づくのが遅かったのですが、ようやく地震が僕が今から行こうとしている仙台で起こったことに気づきました。
 まだ仙台行きをあきらめきれない僕は駅から離れないまま自分の無事を知らせようと自宅に電話しましたが、もはやまったくつながりません。メールが送れることが分かったのでメールを何人かに送りましたが返事がないことをみると、届いてないのか、もしくは送れない状況なのか…。だんだん心配になってきました。
 一番メールの返事が早かったのはたしかうちのスタジオの関係者でもあるH君。たまたまスタジオの近くにいたらしく、「今からスタジオの中に入って状況を確かめます」とのこと。本当にありがたい。
 一番連絡に役立ったのはtwitterです。知り合いも身内もみんな見ているし、殆どいつでもつながったので携帯から何度となく書き込みました。こういう災害時には携帯電話はEメールも含めてまったく役に立たなくなると言うことを身を以て知らされました。
 インターネットはそもそも核戦争が起きても通信網を破壊されないように巣(=ウェブ)のように通信回線を張り巡らしたアメリカ軍の産物で、それを商業的に解放したのが今のインターネットなのです。災害には強いはずです。

帰宅

 30分ほど駅にいて、地震の規模もある程度把握でき、これはもう仙台まで行くのは無理かなということがわかって帰ることを考え始めました。とはいっても家まで直線距離でも20kmは離れているし、電車が使えないということならタクシーしかないだろうと考えました。
 タクシー乗り場は既にもう100人くらいの人が並んでいましたが、とりあえず僕も並んで10分ほど待ちました。しかしタクシーが来る気配はまったくありません。すごく寒いし、これは待っててもしょうがないんじゃないかと思うようになってきました。そこでとりあえず一駅くらいは歩いてみようかなと思って南浦和へ向かいました(あとからわかったことですが、僕が向かったのは南浦和ではなく北戸田駅だったのです)。
 そこのタクシー乗り場はまだ20人くらいしか並んでいなかったので、僕はそこに並びました。その時にそこそこ大きな余震がまたそこにやってきて、それをきっかけに前のご婦人と話したのですが、武蔵浦和から歩いてきたと話すと、「え、武蔵浦和から歩けるんですか?」と驚いた様子。その僕の話に反応した人3人がタクシーの列から離れて僕が来た武蔵浦和に向けて歩き始めました。
 横にいたホームレスの爺さんによるとここ1時間にタクシーは一台も来ていないとのこと。外も薄暗くなってきてこれは無理かなと思っているときに、西川口行きのバスがやってきました。しかもそのバスがまだなぜかすいているのです。とりあえず西川口まで行ってみようと思って、そのバスに乗りました。
 バスはちょっと遠回りするルートのものでしたが、乗っている内にだんだん満員になってきて、西川口に着いたころには超満員でした。でもなんとか到着。すると駅の手前でバス会社の職員らしき人が道路の真ん中で手を振ってバスを止めています。なんでも駅前のターミナルが崩れていてバスが入れないとのこと。
 結局普段はある東京行きのバスが動いていなくて西川口から歩くことになりました。
 となりの川口は実は住んでいたことがあるので土地勘がありました。すぐにたどり着き、東京と埼玉の間にある荒川を歩いて渡るための荒川大橋までもスムースに地図なしで来れました。
 夜の8時近いというのに、渋滞した車のライトで橋は明るく、大勢のの人が歩

ブログのエンジンをバージョンアップしました。

素人の僕にとってはかなり敷居が高かったブログ・エンジンのバージョンアップを遂に実行しました。半日くらいレイアウトが崩れた状態のまま放置していたの、気づきました? んーとCGIってなんでしたっけ?

ところで先日の嫌みなくらい長い文字だけのブログが思いのほか好評だったことに気をよくしていますが、実はもっと壮大な計画があって、身勝手な社会心理学的ネタをいずれ時間ができたらブログで垂れ流したいと思ってます。その前にもうちょっと手軽なネタも提供しようかなと。

あと勉強もかねて、ぼちぼちとブログのデザインもカスタマイズしていこうと思っています。
この無意味な書き込みも実は新しくなったブログがうまく動作しているかの確認も兼ねていたりするのですが。

「面白い」ってなんだ?

 人がうまいと言っているラーメンが案外うまくなかったり、人が面白いと言っている映画が案外つまらなかったり。人間というのは人それぞれに趣味指向があって同じものに興味を持っているわけでないことは僕もよく分かってます。
 これと同様に自分が面白いと言っているものはたいていの人は面白いとは思わないわけです。特に僕の場合はそれがひどい。僕のほうが変わっているって言う自覚はかなり子供の頃からあったんですが、何が違うのかってことには長い間答えが出せずにいました。
 自分が面白がっているものがどういうものかなんて、なかなか言葉で説明できるものではありませんが、先日ある方の書いたことになるほどと思って、少し考えがまとまってきました。
 その文章はここにまとめられているので引用させていただくのですが、文芸評論家の千野帽子さんがツイッターで書かれた言葉で

おもしろいか、おもしろくないか」より「わかるか、わからないか」が大事な人がいるらしい。しかも多いらしい。「おもしろいためには、まずわかる必要がある」人が多数派だったとは。

これです。

 こういう文章があることを聞いて、その時はっと気づいたのですが、自分はそもそも興味を持ってしまうものに対して、最初から「わかろう」という意識がかなり欠落しているなと思ったんです。もしかしたら趣味指向の違いはここなんじゃないかと。

 何が書いてあるか分からない絵や、何の音かわからない音楽でも、僕にとってそれが
「何」であるかは大した問題ではありません。もちろん好きになってからそれが何か分かってきたりして、また違った見方が出来るってことはあるし、それもまた面白いことなのですが、最初から「これはどういう意味だろう?」というところから入って、それが何かを理解しようとすることなんて基本的にはしてこなかったんです。無意識にやっていたのでなかなかそれに気づかなかった。

 僕はいわゆる世間一般で言われる難解な音楽や絵が好きなので、そういうのが「分からない」人からは、難しいものを理解できる頭のいい人なんだと思われることもあるのですが、とんだ間違いです。そもそも最初から理解なんかしていないのですから。
 それに「分からない」という状態を放置したまま次に進むことが出来ると、かなり興味の範囲は広がりますよ。いろんなものが「面白い」と思えるようになるし、理解の「壁」が取り払われて、すべてを受け入れたくなってきます。当然分からないまんまですが。
 エクスペリメンタルな芸術や音楽はそもそも理解すること自体が難しいし、理解できたとしても、その理解の向こうにあるものは大して面白くなかったりすることが多いです。つまり最初から理解してナンボというものではないから、分かったところでたいしたことないんですよ。理解はあとからついてくればいいだけなんです。
 面白さって言うのはそことまったく別なところにあるんです。それが何かはまだ僕も説明ができない。ただ先入観が面白さをはばむということだけは少なくとも僕の中では起きていないです。
 たしかに多くの人が物事に意味を求め、意味を楽しもうとしているようです。分からないものは面白くないからそこでストップしちゃうわけです。それが別に悪いと言っている訳じゃなく、普通なんだと思うんです。でもそこが自分と興味の隔たりを生んでいる原因なんじゃないかと思うんです。

 ここのところかなり古い短歌にもハマっているのですが、昔の短歌は使われている言葉が古語で、解説がなければ意味もよく分からないものも多いのですが、これもしかりで、短歌は意味を追い求めてもたいして面白いわけじゃないんですよ。むしろ古い言葉の響き、言い回し、フロー、そういうものがとても美しいので、多少意味がわからなくても全然楽しめるんです。決して「分かっている」わけではないんです。

 音楽も日本では「歌詞」の内容がヒットするための重要なファクターであることからもわかるように、人は音楽を意味としてとらえ、機能性を多くの人が求めているようです。その音楽が何であるかというところから音楽を好きになるかどうか決めていると言うことです。音楽はその意味をうまく補完していなければならないという意味で、曲と歌詞は密接に関わり合わなければいけませんが、決して音が主役にはなっていないんです。音は抽象的で、より具体性のある歌詞がないと音楽そのものが「具象」にならない。
 そうなってくると歌詞の意味は常に聞き手の体験や知識の範囲内に収まっていることが大事なわけです。理解の範疇を超えている歌は最初から面白くない、ということになってしまいます。
 もちろん歌詞の重要性、これは常々僕も説いていますよ。とても重要なことだと思っています。しかしそういう聴き方だけが音楽だとするとかなり関心の対 象は限定されてしまいます。僕はおもしろければ歌がなくてもいいし、リズムがなくたって構いません。何をやってるかわからない音楽の中にも面白いものはたくさんあるわけです。面白いかどうかは音楽を理解できるかどうかとはリンクしてないのです。

 もしかしたら僕が絵に惹かれるのもそういう見方かもしれない。描かれているものの緻密さ、美しさという部分の理解は絵の興味を深める上で大事なのはよーくわかりますが、それが分かったからといって絵の面白さが分かるかというと必ずしもそうでない部分があります。言葉ではむずかしいけど「印象」という言葉の深さのほうがより重要で、絵を通じて伝わってくる描き手の情熱というか、エネルギーを感じることの方がはるかに絵の面白さとリンクしていると感じます。明確な意味はあってもなくてもいい、というかない方がむしろ面白いものが多いです。

 あーなんかちょっと難しい話になっちゃいましたね。文章で感覚的なことを表現するのは本当に小難しいことになってしまう。本当はもっとシンプルなことなのに。