小栗虫太郎と池田屋事件。

 今から2年前に起こした引っ越し妄想の末に、我が家の愛書たちは本棚から引きずり出されて段ボールに詰められたままになっている。引っ越しは未だに実現していないのに。
 自分で集めた本だから当然本棚に入っている本はお気に入りのものばかりで、時々眺めてはにんまりとしていたんだけど、次から次へと我が家にやってくる新米さんを読むことに翻弄されてしまい、昔買った本を再び読み返すことは随分と少なくなってしまった。
 それでも時々整理なんかして、いらないものは思い切って処分などしてはみたものの、一向に減る様子もなく今はただ段ボールの中に丁寧にしまわれて押し入れの中で眠り続けているわけだけど。
 いくつかの本はそこそこ価値のあるものもある。
 中でも大事にしているのは小栗虫太郎の「女人果」昭和16年発行の初版本。戦時中に発行された本なので物資も少なかったせいか、使われている紙は非常に粗悪で焼けがひどい。手に入れたときにあった本の変形(へんな角度で平積みされていたらしい)は10年以上矯正をかけて本棚にしまうことでクセを直した。それでも限定3000部だから貴重だ。「小栗」の印鑑も奥付に押されている。装丁の絵も素晴らしい。
 小栗虫太郎は江戸川乱歩などと同じ時代に活躍した推理探偵小説家で、日本三大奇書のひとつとして有名な「黒死舘殺人事件」の著者として有名だ。
 小栗虫太郎の作品の大半は読んだけど、「黒死舘殺人事件」は代表作にしてもっとも難解な小説だ。異国の密林の奥地にある洋館を舞台にした殺人事件だけど、読んでいくとだんだん話が複雑になりすぎて途中でギブアップしてしまうという奇書中の奇書。エヴァンゲリオンの最終回どころではない破綻ぶり。何度か読み直すことで最後まで読んだけど、結局何が言いたいのかわからなかったが、そのぶっ飛び感はかなり凄い。完全犯罪のからくりを説明するくだりは、頭がよすぎておかしくなった人が執拗にどうでもいいことを説明しているようだ。小栗虫太郎ほど広範囲にわたる知識を持った人は今でもそういないだろう。それを惜しみなく小説の中に投入してくるものだから知らない言葉のオンパレードだ。そういうものをペダントリー(衒学趣味)という人もいるけど、そういう言葉が彼の作品をいい意味でアブストラクトにして不思議な世界観を作っていると思う。
 「女人果」は彼の作品としてはマイナーだけど、話としては面白く、読み応えがあるしわかりやすい。なにより初版本は使われている書体や旧字体、多用されたルビがのちの復刊本と比べても全く違い、まるで別の小説を読んでいるような雰囲気さえあるくらい。
 その本を手に入れたのは実は京都のとある古書店だった。あえて名前は言わないことにするけど、今でもネットショップを持たず、ビルの一室で目立った看板も出さずにひっそりやっている古書店だ。しかしフランス文学や日本の純文学をこよなく愛する古書マニアなら僕がどの店のことを言っているかわかると思う。知る人ぞ知る店だ。
 そんな店のオーナーに関する話で面白い噂を聞いた。近藤勇が率いる新撰組が尊王攘夷派を襲撃した「池田屋事件」の舞台となった京都の旅館・池田屋。この池田屋を持っていたのがこの店のオーナーだったらしい。
 親から相続された池田屋は早くに解体されてなくなって、その場所にはテナントビルが建っているけど、いつだかその建物を手放し、一生遊んでいけるくらいのお金を手に入れて理想とする古書店を続けていらっしゃるらしい。それが本当ならなんて幸せな人生だろう!
 店は僕が行った頃はスリッパに履き替えるようなお店で店内には三島由紀夫の色紙が飾ってあり、僕が大好きなバタイユや澁澤龍彦の稀少本が所狭しと並んでいて、ゴシックな出で立ちの若干ロリな店番のお嬢様がおつりを玉手箱のような箱から出して払ってくれた。その横にあるソファにゆったりと腰掛けて静かに本を読んでいたのがそのオーナーだった。
 そんなお店から買った「女人果」。どういう経路でその店に来たかはわからないけど、今では我が家の数少ないお宝のひとつとなっている。

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